
時事ネタは基本ブログにしないのですが、自分の教訓&戒めになるところが多く、ブログに書き記したいなと思いました。
安倍さんの国葬から学ぶべきところ。
始めます。
何故今回の国葬反対派が多いのか
おそらく国民の多くが安倍さんの死が、殉職ではないのではと感じているから、ではないかなと思っています。
今回の犯人の動機は家族崩壊への私怨。
日本転覆計画を図るテロリストに殺害されたとか、なんらかの被災地に赴き救助活動の最中、2次災害に遭われたとか、だと話は変わっていたと思います。
お金ではない。人は心で選択する。
SNS ではこんな議論もなされていました。
『国葬にかかる費用は国民1人あたりに2~30円の出費でしかない。日本に多大に貢献してきた人のお葬式を、たった2、30円で中止なんてありえない』
という意見。
これは完全に論点のすり替え。
それならどんな政策も国葬規模なら反対なしヨ!
になってしまいます。
10円だろうが20円だろうが1円だろうが2円だろうが自分の納得のいくものにお金は使ってほしいと思うのが人間の心理です。
逆にどれだけ費用が掛かっても世のためになると考えるなら、国民は出費を惜しまないでしょう。
お金の多寡は論点ではありません。
家族間でもありますよね。
せっかく稼いできたお金を100円でも200円でも、自分の目から見て意味のないものに使われたらとても腹が立ちます。
それもこれもほとんどの人が、政治家が自分で蒔いた種では?
と感じているからではないでしょうか。
自分の都合を押し付けず、相手の都合を考える
国葬することでこんな意見もありましたよね。
『諸外国の要人たちが来訪し、コスパのいい外交ができる』
結局のところ欠席が多く、あまりこの目的は達成できそうにないですね。
うまくいかなかったのは、相手の都合を考えない外交だったからではないかと思います。
海外の目線も統一教会との関係を察し、出席に消極的という見方もあります。
国葬を使って外交するという手段はどうなの?
と、もしかしたら見透かされていたのではないかもしれませんね。
本来のお葬式は故人と関係の深かった方たちで、死後の世界へ安心して送り出すという儀式です。
それを日本の国益をあげる手段として使うというのが、そもそもの間違いだと僕は思います。
安倍元総理国葬から学ぶべきこと。まとめ
以上まとめると
お金の多寡ではなく、人の気持ち
相手の都合を考えない交渉は見透かされ成立しない
今回のことを教訓に自分の行動の選択肢を増やすことが出来ます。
いろんな意味で自分の行動指針を考えさせられる事例だと思います。
ほんじゃらまた。
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